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浦和地方裁判所 平成6年(わ)272号 判決 1994年10月04日

本店の所在地

埼玉県所沢市大字久米三八二番地

法人の名称

渡辺工業株式会社

代表者の住居

埼玉県所沢市大字久米三八二番地の一〇

代表者の氏名

渡邊美知彦

本籍と住居

埼玉県所沢市大字久米三八二番地の一〇

会社役員

渡邊春江

昭和一六年八月一一日生

(検察官)

佐藤美由紀

(弁護人)

小林亮淳・小林和江

主文

一  被告人渡辺工業株式会社を罰金二〇〇〇万円に処する。

二  被告人渡邉春江を懲役一〇月に処し、この裁判の確定した日から二年間、右刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人渡辺工業株式会社(以下「被告会社」という。)は、埼玉県所沢市大字久米三八二番地に本店を置き、左官工事業等を営んでいる資本金一〇〇〇万円(平成二年九月一八日までは資本金五〇〇万円)の株式会社であり、被告人渡邉春江(以下「被告人渡平邉」という。)は、被告会社の専務取締役として同社経理事務等を担当していた者であるが、被告人渡邉は、被告会社の業務に関し、法人税を免れようと企て、外注費を架空・水増し計上するなどの方法により所得を秘匿したうえ

第一  平成元年七月一日以降平成二年六月三〇日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が六七二〇万四九七円であったにも拘らず、同年八月三〇日、埼玉県所沢市並木一丁目七番地所在の所轄所沢税務署において、同税務署長に対し、所得金額が一四七九万九五二五円でこれに対する法人税額が四九八万六七〇〇円である旨の偽りの法人税確定申告書を提出し、もって、不正の方法により被告会社の右事業年度における正規の法人税額二五九四万七一〇〇円と右申告税額との差額二〇九六万四〇〇円を免れた

第二  平成二年七月一日以降平成三年六月三〇日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が六四八〇万五四九五円であったにも拘らず、同年八月三一日、右所沢税務署において、同税務署長に対し、所得金額が一四九四万六七七五円でこれに対する法人税額が四七〇万五七〇〇円である旨の偽りの法人税確定申告所を提出し、もって、不正の方法により被告会社の右事業年度における正規の法人税額二三四〇万二八〇〇円と右申告税額との差額一八六九万七一〇〇円を免れた

第三  平成三年七月一日以降平成四年六月三〇日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が八二八四万七〇五〇円であったにも拘らず、同年八月三一日、前記所沢税務署において、同税務署長に対し、所得金額が一四四五万三八九七円でこれに対する法人税額が四四三万四五〇〇円である旨の偽りの法人税確定申告書を提出し、もって、不正の方法により被告会社の右事業年度における正規の法人税額三〇〇八万二二〇〇円と右申告税額との差額二五六四万七七〇〇円を免れた

ものである。

(証拠の標目)

判示全事実について

一  被告人渡邉の当公判廷における供述

一  被告人渡邉の検察官に対する供述調書

一  被告人渡邉の大蔵事務官に対する質問てん末書一四通

一  渡邉美知彦の検察官に対する供述調書

一  渡邉美知彦(三通)、阿部武志(二通)、小熊圭三、堤美津男、佐野伸治、中島孝、遠谷毅及び小久保洋子の大蔵事務官に対する各質問てん末書

一  検察事務官作成の電話聴取書

一  大蔵事務官作成の現金・預金調査書、短期貸付金調査書、保険積立金調査書、長期借入金調査書、道府県民税利子割調査書、代表者勘定調査書、未払消費税調査書及び未納事業税調査書

一  所沢税務署長作成の回答書

(法令の適用)

一  被告会社の判示所為はいずれも法人税法一六四条一項・一五九条一項に該当するところ、以上は刑法四五条前段の併合罪であるので、同法四八条二項により法定の加重をしたうえ、後記量刑の事情を勘案して、法人税法一五九条二項を適用した範囲内で、被告会社を罰金二〇〇〇万円に処することとする。

二  被告人渡邉の判示所為はいずれも法人税法一五九条一項に該当するところ、いずれも所定刑中懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるので、同法四七条本文・一〇条により、犯情の最も重い判示第三の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で、後記量刑の事情を勘案して、同被告人を懲役一〇月に処し、同法二五条一項を適用して、この裁判の確定した日から二年間、右刑の執行を猶予することとする。

(量刑の事情)

1  脱税は、租税の公平な負担を損う犯罪であり、国民及び法人の納税により民主主義国家の経済的基盤が確固となるものであるから、民主主義社会を崩壊させるという面に注目すれば、結果的には暴力により国家の転覆を図る犯罪と同一視できる面もあり、これを禁圧しなければ健全な民主主義国家の存立が根底から覆るとさえ言えるものであり、したがって、逋脱犯罪は、民主主義への重大な挑戦であり、極めて悪質な犯罪であると言わざるを得ない。

2  しかるに

<1>  被告会社は、平成元年以降平成三年の各事業年度にかけて合計二億一五〇〇万円弱の所得があったにも拘らず、合計四四二〇万円余りしか申告せず、その逋脱税額の総額は実に六五〇〇万円余りに及び、逋脱税額は高額であり、結果は重大である。

<2>  本件各逋脱の動機は、被告会社の専務取締役として同社の経理事務を担当していた被告人渡邉が、被告会社代表取締役で夫の渡邉美知彦において潤沢な手持資金に物を言わせて大きな勝負(事業)が出来るようにさせるため、被告会社の所得を秘匿して資金調達を図ろうと考えたことにある。即ち、渡邉美知彦は、景気の変動に即時対応すべく、元請から急な発注を受けてもこれを受注できるためには、常に職人の確保が出来る態勢を敷く必要があり、そのために日頃から手配師に所謂爆弾と称する前渡金を交付して職人を廻して貰おうと考え、この爆弾が多ければ多いほど大きな勝負が出来るというのである。その資金調達のため、被告人渡邉は、仮名預金・借名預金を多数作り、これに架空の外注費を振り込んで被告会社がその支払を行ったように装ったり、外注費を水増しして外注先に領収証を作成して貰い、払込分・領収証分どおりの金額を計上するなどの方法により外注費等を水増して所得減らしを画策していたのである。被告人渡邉の犯行は計画的で誠に悪質なものであり、また、被告会社は法人組織を備えているとはいえ、その実体は渡邉美知彦の個人会社的色彩の強い会社であり、法人組織を私物化して行った本件逋脱犯罪は、個人的会社の利潤追求のみを図った自己中心的なものというべく、動機において酌量の余地はないと言わざるを得ない。

したがって、被告会社及び被告人渡邉の刑責は重く、一般予防的見地からすれば、健全な民主主義国家を存続させるため、厳罰をもって対処することも考えられる。

3  しかしながら、被告会社代表者渡邉美知彦及び被告人渡邉は、今後二度とこのような犯罪を行わない旨誓約し、それなりに悔悟・反省の念が窺えること、被告会社は既に本税及び重加算税等を納付していること、被告人渡邉には前科・前歴が存しないことなど被告両名にとり酌むべき事情もある。

(裁判官 加登屋健治)

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